13. 近代の国界

国 (クニ) は、近代に入ってもなお基本的な地方区分として日常的に利用された。現在は当たり前のように存在する 47の道府県 (都道府県) もはじめから同じ形態であったわけではなく、むしろ明治初期はきわめて流動的で毎年のように変動した。また「廃藩置県」の言葉にあるように、はじめ県や府は藩や幕府代官所などの地方支配組織を置き換えるものであって、領域としての意味は乏しかった。これがさまざまな思惑が入り乱れる中で再編を繰り返して、今日のようなそれぞれの範囲に落ち着き、やがて国 (クニ) に変わる領域認識として人々の間に定着した。

ここではその過程で変動した国界を、以下の各地域を時系列に見ていくことにする。

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13.7. 薩隅日 (近代): 薩摩・大隅・日向国界

薩さつ隅ぐう日にち (薩摩さつま・大おお隅すみ・日向ひゅうが) では明治初期および明治29年(1896)、菱ひし刈かり、救く仁に、財部たからべ・深ふか河がわ、吉田および桜島の各地域で国界が変動した。

Fig.164 薩隅日 (薩摩・大隅・日向国界): 明治5年(1872) 前後および明治29年(1896)

詳細は『17.3. 近代』を参照。

13.8. 利根川・鬼怒川 : 下総・武蔵・常陸国界

明治初期の明治18年(1885) から明治29年(1896) にかけて、江戸川東西・小こ貝かい川東西・利と根ね川下流南北で国界は変動した。

Fig.182 利根川・鬼怒川 (武蔵・下総・常陸国界): 近代

詳細はを参照。