ここでは、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図のうち、遠江国絵図について詳細をまとめています。一覧は末尾にあります。

概要

遠江国 (遠州) は、東海道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保遠江国絵図』は勘定所旧蔵 (#2590188) が現存・オンライン公開されている。

Fig.890 天保遠江国絵図 (国立公文書館所蔵)
Fig.890 天保遠江国絵図 (国立公文書館所蔵)

日本六十余州国々切絵図

日本六十余州国々切絵図 (余州図) は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成されたと考えられている国絵図の 2番目、寛永年間(1624~1644) に作成された寛永国絵図の略図・縮図と考えられている国絵図である。余州図は五畿七道 68国のすべてが秋田県公文書館に現存し、「日本六十余州国々切絵図」の通称も同館のものによる。『日本六十余州国々切絵図 遠江国』は文字どおりに遠江国の余州図であり、『日本六十余州国々切絵図 遠江国』として秋田県公文書館デジタルアーカイブでオンライン公開され、大きさは東西 97cm × 南北 82cm である。

ほかに『遠江国[東海道図]』京都大学 貴重資料デジタルアーカイブで公開され、大きさは東西 106cm × 南北 78cm、『〔遠江国絵図〕』(#T1-49)岡山大学 絵図公開データベースシステム で公開され、大きさは東西 109.5cm × 南北 78.4cm である。

正保遠江国絵図 (松平乗命旧蔵)

正保遠江国絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図の 3番目、正保年間(1644~1648) から慶安年間(1648~1652) にかけて作成された正保国絵図のうち遠江国のものである。国立公文書館所蔵、松平乗命旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国絵図』) には遠江国のものが含まれ (#725317)、これが『正保遠江国絵図』と推定される。本図はオンラインでは公開されていない。

Fig.764 正保遠江国絵図 (松平乗命旧蔵 ・ 国立公文書館 所蔵)
Fig.764 正保遠江国絵図 (松平乗命旧蔵・国立公文書館 所蔵)

本図に記載されている国郡高を『正保遠江国郷帳』『遠淡海地誌』と合わせて以下に示す。

本図正保遠江国郷帳※1遠淡海地誌※1
豊田郡
35,086.0860石※2
35,086.0860石※3
35,086.0860石※4
長上ながのかみ
22,633.2400石※5
22,670.7200石
22,670.7700石※6
あらたま
1,400.7450石※7
1,400.7450石
1,400.7450石※8
引佐いなさ
12,417.3800石※9
12,417.3840石
12,417.3840石※10
※11
36,296.9730石※12
36,296.9730石
36,296.9730石※13
浜名郡
776.8010石※14
776.8010石
776.8010石※15
磐田郡※16
934.2600石※17
934.2600石
934.2600石※18
山名郡
32,252.5300石※19
32,252.5300石
32,252.5300石※20
周知しゅうち※21
18,847.0640石※22
18,847.0640石※23
18,847.0640石※24
佐野郡
26,327.8647石※25
26,327.8647石
26,327.8640※26
とう※27
58,241.4083※28
58,241.4080
58,241.4080※29
はいばら
35,481.6530石※30
35,481.6530石※31
35,481.6530石※32
総計
280,696.0050石※33
280,733.4900石※34
280,733.4900石※35

上に示すとおり、本図の国郡高は『正保遠江国郷帳』に整合することから『正保遠江国絵図』といえる。『正保遠江国郷帳』は『静岡県史 資料編9 近世1』(1991) 所収で、ここではこれをもとにした『磐田市史 通史編 中巻 近世』(1991) c.38の一覧表を参照した。

『遠淡海地誌』の石高は『遠淡海地誌』(1991) として翻刻された同名地誌に「古高」として載るもので、いつの時点の数値であるのか明示されていないが、『正保遠江国郷帳』とほとんど一致することから、同一時期の国郡高といえる。

一致しない長上ながのかみ引佐いなさ・佐野 3郡のうち、引佐郡については合以下、佐野郡については勺以下の相違であり、誤差の範囲内だろう。一方、長上郡については十石以下が異なり、単純な誤脱では説明できない。それぞれが参照している情報源がそもそも異なる可能性が示唆される。『遠淡海地誌』を合わせた 3点で数値が異なるのも、本郡が唯一である。

注釈

正保遠江国絵図 (浜松市立中央図書館所蔵)

『正保遠江国絵図』は、浜松市立中央図書館にも『遠江國絵図』として現存・オンライン公開されている。

Fig.766 正保遠江国絵図 (浜松市立中央図書館所蔵 ・ 国立公文書館 所蔵)
Fig.766 正保遠江国絵図 (浜松市立中央図書館所蔵・国立公文書館 所蔵)

遠江國絵図は、松平乗命旧蔵と郡高が一致し、描写も共通することから、『正保遠江国絵図』とわかる。松平乗命旧蔵に比べると、村高はすべて省略され、国境情報に不正確な箇所がある一方、村の接尾辞は省略されず、背景となる自然描写の区別が相対的に多い。本図の作成者は、国絵図 (史料) としての精密さや意味よりも絵図 (絵画) としての完成度や形式に気を配っているようだ。文字も基本的にしっかりとした楷書で、仮名を含む草体は流麗な印象を受ける。なお、解説「国絵図」では「下図ないしは控図と推定される」とされるが、控図と考えるのは難しい。あくまでも後代の写本か、下絵図 (下図) の 1枚と考えられる。

松平乗命旧蔵と本図の主だった違いをまとめると、以下のようになる。

松平乗命旧蔵 ・ 浜松市立中央図書館所蔵の相違
項目松平乗命旧蔵浜松市立中央図書館所蔵評価
村高省略されていない省略されている『松平』が精緻
村の接尾辞省略されている※1省略されていない『浜松』が精緻
山陵の描写『浜松』で描写されていても『松平』では描写されていない部分がある (掛川城※2付近など)『浜松』が精緻
町・宿のオブジェクト方形村と同じ小判形※3『松平』が正確
東海道 金谷宿金谷宿金谷村『松平』が正確
同宿東方の国境記載駿州嶋田ヘ出ル」、別に大井川に沿って「大井川大井川」と大書『松平』が正確
東海道 白須賀宿 西方の国境記載三河二川村ヘ出ル 三河下細谷村ヘ出ル(欠)『松平』が正確
潮見坂 (汐見坂) の表記(欠)塩見坂『浜松』が正確
田河内村 北方の山方形オブジェクトに「クラホ𛂘山ほかと同様の形式で「く𛃰𛂰𛂒山古城であれば『松平』が正確、山であれば『浜松』が正確
横須賀城 北東の山方形オブジェクトに「高天神ほかと同様の形式で「高天神
天竜川上流右岸の切り立った地形山陵とはやや異なる描写色・形状とも山陵とは異なる描写『浜松』が精緻
国高記載されている記載されていない何ともいえず

本図の大きさは東西 202cm × 230cmである。

注釈

天保遠江国絵図

天保遠江国絵図』は、江戸期に全国規模で作成された国絵図の最後、天保年間(1830~1844) に作成された天保国絵図のうち遠江国のものである。冒頭で言及したとおり、『天保遠江国絵図』は国立公文書館に勘定所旧蔵 (#2590188) が現存・オンライン公開されている。

Fig.890 天保遠江国絵図 (国立公文書館所蔵)
Fig.890 天保遠江国絵図 (国立公文書館所蔵)

紅葉山文庫※1は江戸城内にあった、将軍の利用を原則とする書庫 (図書館) であり、勘定所は勘定奉行を長とする役所である。したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照を目的に納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山文庫旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2

『天保遠江国絵図』は大きさが東西 394cm × 南北 392cm で、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保九年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。

注釈

一覧

変更履歴

内容

:

  • 外観とメニュー類をリニューアルした。
  • 松平乗命旧蔵・浜松市立中央図書館所蔵の記事について、記述を整理し、またそれぞれ表題を「正保遠江国絵図 (松平乗命旧蔵)」・「同 (浜松市立中央図書館所蔵)」に変更した。

:

  • 『日本六十余州国々切絵図』の記事を追加した。

:

  • 『天保遠江国絵図』の記事を追加した。

:

  • 導入文を追加し、概要を追補した。

:

  • 「てにをは」等、文章・表現を適宜見直した。
  • 『天保遠江国絵図』について外観を示した。

:

  • 構成を再整理し、概要を追加した。誤字・脱字を適宜修正した。
  • 同様に一覧表の備考に記載されていた記事を外に出して、表現などわかりづらいところを適宜、見直した。
  • 『正保遠江国絵図』(松平乗命・浜松市) について、詳細検討の結果を反映し、また外観を示した。

:

  • 新規作成。