ここでは、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図のうち、飛騨国絵図について詳細をまとめています。一覧は末尾にあります。

概要

飛騨国は、五畿七道のうち東山道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保飛騨国絵図』は紅葉山文庫旧蔵が現存し、『天保国絵図飛騨国』(#763922) としてオンライン公開されている。

Fig.905 天保飛騨国絵図 (国立公文書館所蔵)
Fig.905 天保飛騨国絵図 (国立公文書館所蔵)

日本六十余州国々切絵図 飛騨国

日本六十余州国々切絵図 (余州図) は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成されたと考えられている国絵図の 2番目、寛永年間(1624~1644) に作成された寛永国絵図の略図・縮図と考えられている国絵図である。余州図は五畿七道 68国のすべてが秋田県公文書館に現存し、「日本六十余州国々切絵図」の通称も同館のものによる。『日本六十余州国々切絵図 飛騨国』は文字どおりに飛騨国の余州図であり、『日本六十余州国々切絵図 飛騨国』(#15720)として秋田県公文書館デジタルアーカイブでオンライン公開され、大きさは東西 82cm × 南北 102cm である。

ほかに『飛騨国[中山道図]』※1京都大学 貴重資料デジタルアーカイブで公開され、大きさは東西 77cm × 南北 107cm、『〔飛騨国絵図〕』(#T1-112)岡山大学 絵図公開データベースシステム で公開され、大きさは東西 78.4cm × 南北 109.4cm である。

注釈

正保飛騨国絵図

正保飛騨国絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図の 3番目、正保年間(1644~1648) から慶安年間(1648~1652) にかけて作成された正保国絵図のうち飛騨国のものである。国立公文書館所蔵、中川忠英旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国図』) には飛騨国のものが含まれ、これが『正保飛騨国絵図』にあたる。本図は 3分割された形式で含まれ、すべて現存・オンライン公開されている (#714305 ・ #714306 ・ #714310)。

Fig.840 正保飛騨国絵図 (国立公文書館所蔵)
Fig.840 正保飛騨国絵図 (国立公文書館所蔵)

記載されている国高は 38,764.4石 (『都合三萬八千七百六拾四石四計』) で、これは慶長10年(1605)『金森素玄領飛騨国石高帳写』※1の国高 (拝領高) に一致する。一方で、これは寛文4年(1664)『金森頼直宛領知朱印状・目録』※2でも変わらないため、国高 (拝領高) から本図の性質を特定することは難しい。

一方、様式に注目すると、本図は正保国絵図の仕様に従っており、正保国絵図と確認できるほかの中川忠英旧蔵の国絵図とも共通することから、本図は『正保飛騨国絵図』といえる。本図では、村のオブジェクト (小判形) は郡別に彩色され、それらが墨線であらわされた郡界によって分けられている。街道には主・副 (本・脇) の区別があり、一里塚も示されている。道程情報は少ないが、これは脇道にも一里塚があるためといえる。城下 (高山城) も標準的な方形・無彩色で、郡内見出しも枠はなく郡名に郡高が併記されている。村高は省略され、支配別の「いろは」記号の付記もないが、後者は飛騨国全体が高山藩領であるため、もともと記載されていなかったと考えられる。

なお、国絵図は一般に巨大で扱いづらく、また保管には複数回折りたたまなければならず、その回数が多くなって厚くなるほど折り目から傷みやすい。このため中川忠英旧蔵の国絵図は郡界で分割され、余白部分 (畾紙) は省略されていることが多い (おそらく分割時に廃棄されている)。しかし本図では、これを踏まえても接合部で一致しない部分があり (中部 #714310の南西部と、南部 #714305の北端)、これは意図したものというより、何らかの原因で欠損したものと推定される。

注釈

松平乗命旧蔵

国立公文書館所蔵、松平乗命旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国絵図』) にも美濃国のものが含まれ、現存する (#725195)。オンラインでは公開されていない。

この松平乗命旧蔵の国絵図群には、松平乗命から明治政府へ渡る前後 (明治5~6年(1872~1873))に、京都府が一式を借用して忠実に模写したものも存在し、京都府立京都学・歴彩館に現存、館古044: 国絵図という一群で管理されている。その『美濃国絵図』もオンラインでは公開されていないが、目録は国立公文書館デジタルアーカイブよりもやや充実している。

(松平乗命旧蔵としての) 原本の大きさは、『福井bによれば東西 79cm × 南北 93cm で※1、写本の大きさは東西 80.2cm × 南北 95.8cm である※1。国高の記載があって、その値は 38,764石であることから中川忠英旧蔵と共通する。しかしサイズがかなり小さく、『福井b』によれば村高・一里塚はなく、道程情報も記載されていない (ただし道程情報については、京都府立京都学・歴彩館所蔵の史料情報には「村間・里程所々アリ」とある。

以上のように、本図は中川忠英旧蔵と国高が一致することから同様の時期の国絵図には間違いないが、基本的には略図とみられ、詳細には様式を含めた検討が必要といえる。

注釈

天保飛騨国絵図

Fig.905 天保飛騨国絵図 (国立公文書館所蔵)
Fig.905 天保飛騨国絵図 (国立公文書館所蔵)

天保飛騨国絵図』は、江戸期に全国規模で作成された国絵図の最後、天保年間(1830~1844) に作成された天保国絵図のうち飛騨国のものである。冒頭で言及したとおり、『天保飛騨国絵図』は国立公文書館に紅葉山文庫旧蔵・勘定所旧蔵の両方が現存し、紅葉山文庫旧蔵 (#763922) が現存・オンライン公開されている。

紅葉山文庫※1は江戸城内にあった、将軍の利用を原則とする書庫 (図書館) であり、勘定所は勘定奉行を長とする役所である。したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照を目的に納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山文庫旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2

『天保飛騨国絵図』は大きさが東西 383cm × 南北 485cm で、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保九年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。

注釈

一覧

更新履歴

内容

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  • 外観とメニュー類をリニューアルした。
  • 『天保飛騨国絵図』の記事を若干、追補した。
  • 中川忠英旧蔵の記事について、表題を「正保飛騨国絵図」に変更し、記述を整理した。

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  • 日本六十余州国々切絵図の記事について、表題を『日本六十余州国々切絵図 飛騨国』に変更し、説明を整理した。

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  • 松平乗命旧蔵・松平乗命旧蔵(写) を一覧に追加し、記事にまとめた。
  • 日本六十余州国々切絵図、および『天保飛騨国絵図』の記事を追加した。

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  • 導入文を追加し、概要を追補した。
  • 『天保飛騨国絵図』について外観を示した。

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  • 「てにをは」等、文章・表現を適宜見直した。

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  • 中川忠英旧蔵について外観を示し、補足を加えた。

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  • 構成を再整理し、概要を追加した。誤字・脱字を適宜修正した。
  • 同様に一覧表の備考に記載されていた記事を外に出して、表現などわかりづらいところを適宜、見直した。

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  • 新規作成。