ここでは、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図のうち、陸奥国磐城・棚倉・相馬領領絵図について詳細をまとめています。一覧は末尾にあります。

概要

陸奥国は、五畿七道のうち東山道に属する国である。そのうち磐城・棚倉・相馬領領※1を描いた国立公文書館所蔵の『天保陸奥国磐城・棚倉・相馬領領絵図』は、勘定所旧蔵が現存し、『天保国絵図陸奥国磐城棚倉相馬領』(#764166) としてオンライン公開されている。

Fig.829 天保陸奥国磐城 ・ 棚倉 ・ 相馬領図 (国立公文書館 所蔵)
Fig.829 天保陸奥国磐城・棚倉・相馬領図 (国立公文書館 所蔵)

範囲は陸奥国 白川郡 (旧・高野郡、および旧・石川郡の南東部※2)・菊多郡・いわさき郡・いわ郡・なら郡・しね郡・なめかた郡の 7郡、および郡 (南部過半) である。陸奥国の郡の変遷と近代の分置 (分割) については『陸奥国と出羽国』を参照のこと。

注釈

正保陸奥国磐城・棚倉・相馬領絵図

正保陸奥国磐城・棚倉・相馬領絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図の 3番目、正保年間(1644~1648) から慶安年間(1648~1652) にかけて作成された正保国絵図のうち陸奥国 磐城・棚倉・相馬領のものである。国立公文書館所蔵、中川忠英旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国図』) には陸奥国磐城・棚倉・相馬領のものが 3分割された形式で含まれ (#714313 ・ #714180 ・ #714311)、これが『正保陸奥国磐城・棚倉・相馬領絵図』にあたる。本図はすべて現存・オンライン公開されている。

Fig.924 正保陸奥国 磐城 ・ 棚倉 ・ 相馬領絵図 (中川忠英旧蔵 ・ 国立公文書館所蔵)
Fig.924 正保陸奥国 磐城・棚倉・相馬領絵図 (中川忠英旧蔵・国立公文書館所蔵)

中川忠英旧蔵の国絵図群のうち陸奥国・出羽国については、近代初期の分置に基づいて組み替えられているため、本来の組み合わせがわかりづらい。これについては『中川忠英旧蔵の本来の組み合わせ』を参照のこと。

本図の余白部分 (畾紙) には目録はないが、郡内に標準的な記法で見出しがあって、郡名と郡高が記載されている。これを『正保陸奥国磐城・棚倉・相馬領郷帳』※1の郡高と比較すれば以下のようになる。

本図正保陸奥国 磐城 ・ 棚倉 ・ 相馬領郷帳
菊田郡
34,741.8615石※2
34,741.8615石※3
高野郡
28,329.5440石※4
28,329.5440石※5
標葉郡
14,744.9080石※6
14,744.9080石※7
行方郡
32,932.5230石※8
32,932.5230石※9
宇多郡
14,110.5650石※10
14,110.5650石※11
楢葉郡
14,951.1370石※12
14,051.1370石※13
岩城郡
21,257.0350石※14
21,257.0350石※15
岩ケ崎郡
38,633.0130石※16
38,633.0130石※17
石川郡之内
5,326.4985石※18
5,326.4985石※19

上記のとおり、本図の郡高はすべて『正保陸奥国 磐城・棚倉・相馬領郷帳』と一致する (したがって総計である国高も一致する)。様式は正保国絵図の標準で、中川忠英旧蔵に含まれるほかの正保国絵図と共通であることから、本図は『正保陸奥国磐城・棚倉・相馬領絵図』といえる。

なお、村をあらわすオブジェクトには村名だけが記載され、村高は省略されている。支配関係の「いろは」記号は付されているが、郡の一覧同様にその凡例も見当たらないので、特定が容易なものから判定しなければならない。

注釈

元禄陸奥国磐城・棚倉・相馬領絵図

元禄陸奥国磐城・棚倉・相馬領絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図の 4番目、元禄年間(1688~1704) に作成された元禄国絵図のうち陸奥国 磐城・棚倉・相馬領のものである。『元禄陸奥国磐城・棚倉・相馬領絵図』は明治大学博物館に現存し、内藤家文書 陸奥国磐城領・棚倉領・相馬領絵図としてじっくり見るでオンライン公開されている。

本図は、大きさが東西 240cm × 南北 560 cm で※1、余白部分 (畾紙) の目録は「陸奥国 磐城・棚倉・相馬 領高都合并郡色分目録 (陸奥國磐城・棚倉・相馬領高都合并郡色分目錄)」※2を表題として、郡名・郡高・村数の一覧と色の凡例が記載され、国高は (『高都合貳拾七万七千九百三拾五石四斗六升三合六夕』)、奥書には元禄15年(1702) 12月の日付 (『元禄十五壬午年十二月』) と内藤能登守・内藤紀伊守・相馬図書頭の名前が記されている。解説によれば、本図は元禄国絵図作成の時期に平藩 (磐城平藩) にあった内藤氏に伝わるもので、控図という。

画像データとしては、19,385 × 28,600ピクセルと高解像度で、圧縮率もおさえられているため、村に付記される文字まで読み取ることができる。その一方で、分割撮影・合成はかなり未熟で感じられ、環境光・被写体への距離とも一定しない写真をただ並べているだけに見える。接続部分も連続していない。貴重な元禄国絵図だけに惜しまれる。

注釈

天保陸奥国磐城・棚倉・相馬領絵図

天保陸奥国磐城・棚倉・相馬領絵図』は、江戸期に全国規模で作成された国絵図の最後、天保年間(1830~1844) に作成された天保国絵図のうち陸奥国 磐城・棚倉・相馬領のものである。冒頭で言及したとおり、『天保陸奥国磐城・棚倉・相馬領絵図』は国立公文書館に勘定所旧蔵が現存し、『天保国絵図陸奥国磐城棚倉相馬領』(#764166) としてオンライン公開されている。

紅葉山文庫※1は江戸城内にあった、将軍の利用を原則とする書庫 (図書館) であり、勘定所は勘定奉行を長とする役所である。したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照を目的に納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山文庫旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2

天保陸奥国磐城・棚倉・相馬領絵図』は大きさが東西 330cm × 南北 530cm で、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保九年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。

注釈

一覧

更新履歴

内容

:

  • 外観とメニュー類をリニューアルした。

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  • 中川忠英旧蔵の記事の表題を『正保陸奥国磐城・棚倉・相馬領絵図』に変更し、追補した。
  • 『天保陸奥国磐城・棚倉・相馬領絵図』の記事を追加した。

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  • 中川忠英旧蔵の記事が誤って会津領のものになっていたものを修正、あわせて追補し、また外観を示した。

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  • 導入文を追加し、概要を追補した。

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  • 『天保陸奥国 磐城・棚倉・相馬領絵図』について外観を示した。

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  • 構成を再整理し、概要を追加した。誤字・脱字を適宜修正した。
  • 同様に一覧表の備考に記載されていた記事を外に出して、表現などわかりづらいところを適宜、見直した。

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  • 新規作成。